仙台国際音楽コンクール

Column&Review

第6回仙台国際音楽コンクール優勝記念演奏会
チャン・ユジン ヴァイオリンリサイタル【東京公演】 演奏評②

松本 學(音楽評論家)

 仙台国際音楽コンクールの優勝者に副賞として贈られる記念リサイタル、その東京公演を聴いた(6月23日)。今回この栄誉ある舞台に登場したのは、昨年2016年の第6回コンクール ヴァイオリン部門で第1位となったチャン・ユジンである。コンクール以降に彼女の演奏を聴いたのは、筆者にとっては、3月26日に行われた大友直人指揮東京交響楽団との協奏曲以来となる。
 まず、彼女が組んだリサイタル・プログラムについて触れておこう。選ばれた作曲家は5名、演奏順にメンデルスゾーン、グリーグ、ストラヴィンスキー、シベリウス、サン=サーンスである。どれも旋律美が印象深く耳に馴染みやすい作品であるが、《序奏とロンド・カプリッチオーソ》(サン=サーンス)を別とすれば、他の4曲はあまり頻繁に採り上げられない珍しいものばかりだ。しかし、コンクールを振り返り、彼女がセミファイナルで《序奏とロンド・カプリッチオーソ》を、またファイナルでは曲こそ異なるもののメンデルスゾーンとストラヴィンスキーを演奏し、さらに3月の東響とのコンサートではシベリウスを採り上げていたことを鑑みれば、コンクールを中心としたこれまでの流れを意識した曲選びになっていることがよくわかる。その上で、メンデルスゾーンは1838年のソナタ、グリーグではよく知られた第3番ではなく第2番など、もうひとつヒネリを利かせているのがユジン流。大学で楽曲分析や音楽学を専攻する彼女らしい知的な面がこういうところにも端的に表れていると思う。
 このようなインテリジェンスは、演奏がいまひとつだと竜頭蛇尾になってしまう恐れが往往にしてある。しかし、ユジンはこれらややマイナーな曲を並べながらも、コンクールの際に証明した高い精度に、発音や造形の自然さなどにさらに磨きをかけたパフォーマンスを発揮し、聴衆に退屈させる瞬間を与えなかった。ボウイングの巧みさやそこから生み出される音の美しさも忘れがたい。今回は室内楽ホールでの演奏だったこともあり、彼女の持つ音の美しさや艶やかさ、音色表現の多彩さが一層引き立っていた。
 リサイタルの開始から、メンデルスゾーンの爽やかな抒情と自身の華麗なテクニックで魅了したユジンは、この日の白眉とも言えるグリーグでは、両端楽章での民族舞曲調の活き活きとした表現と、それに相対する寂しげな味わい、また緩徐楽章での若さ溢れる感傷や胸の昂まりなどを豊かに描写していた。
 ストラヴィンスキーではシャープな切れ味を十全に活かしながら、高音をつかさどるE線は輝かしく、G線は野太くかつくっきりとした音で、頻繁に切り替わる作品の世界を鮮やかに描く。スケルツォの終わりもエレガントにまとめ、パ・ド・ドゥのヴァリアシオンやコーダのスピード感なども申し分ない。
 シベリウスでは装飾的なスケールはエレガントに、またゆったりとしたテーマが戻る前には、楽譜に明記こそされてはいないものの、そこから読み取れるアゴーギク(加速と減速)を加え、音楽にこめられた情感の揺らぎを巧みに表現していた。念のために付記しておくと、彼女は作品のフォルムを妙に崩したり、見得を切ってエゴを吐露するようなことは一切しない。この点から室内楽にも相当な適性を感じる。
 最後のサン=サーンスに至っては、もはやデザートのように、くつろぎ安心して楽しむことができた。
 リサイタルを通じて言えるのは、ユジンの演奏には過度に求道的だったり、追い詰められたようなところがなく、のびやかで、心から音楽を楽しんでいるようなおおらかさが素直に伝わってくること。これも彼女の魅力のひとつだ。今後、どのような音楽家に成長してゆくのか実に興味深い。
 ピアノの小澤佳永の素晴らしいアシストも特筆しておきたい。2014年の宗次コンクールのガラ・コンサートでも共演していた彼女だが、ユジンの感興の動きや息遣いを少しも漏らさぬよう丁寧にフォローしつつ、対話をするように音楽を作っていくそのセンスと才能は見事なものだった(ピアノが重要な役割を担うメンデルスゾーン、グリーグ、ストラヴィンスキーでは特に)。彼女のリサイタルも聴いてみたいと思った当日の聴衆は少なくないだろう。
 なお、この日ユジンが使用した楽器は、コンクール時と同じグァダニーニ(トリノ、1771~72年頃製作)である。

《この演奏評は仙台国際音楽コンクールニュースレター2017年7月号に掲載されたものです》

 

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