仙台国際音楽コンクール

Column&Review

第6回仙台国際音楽コンクール優勝記念演奏会
キム・ヒョンジュン ピアノリサイタル【東京公演】 演奏評①

伊熊 よし子(音楽評論家)

 仙台国際音楽コンクールは、これまで実力派の個性的なピアニストを何人も世に送り出してきた。彼らはこのコンクール優勝・入賞後にさらなる飛躍を続け、他の国際コンクールに参加してより自分の納得いく結果を探求したり、仙台国際音楽コンクールに参加したことで自分の音楽の足りないところに気づき、さらに研鑽を積んだりと、その道はさまざまである。
 「コンクールはスタート台」といわれる。けっしてゴールではなく、優勝や入賞に輝いてから本当の闘いが始まる。とりわけ優勝者は、「仙台国際音楽コンクール優勝者」としてのレッテルが貼られ、常に最高の演奏を求められる。いずれのステージにおいても優勝者の名に恥じない演奏を行わなければならず、それらは若い演奏家にとって大変なプレッシャーとなる。
第6回仙台国際音楽コンクールのピアノ部門の優勝者キム・ヒョンジュンは、そのプレッシャーをいい緊張感に変えていた。6月22日に浜離宮朝日ホールに登場した彼女は、非常に自然体のリラックスした表情をしていたからである。
 プログラムはモーツァルトのピアノ・ソナタ ヘ長調K280からスタート。バイエルン選帝侯の侍従を務めていた音楽愛好家、デュルニッツ男爵のための6つのソナタの第2曲で、これらは19歳を迎えるモーツァルトが初めて書いた本格的なソナタである。その若々しくかろやかなソナタをキム・ヒョンジュンは力強い踊りを披露するような、躍動感あふれる響きで弾き進める。タッチが非常に強靭で深く、第3楽章のプレストなど、疾走するような動きを見せた。
 次いでシューマンの「謝肉祭」が登場。これは謝肉祭の仮装パーティの道化やさまざまなキャラクターが音で表現されている。華麗で物語性に富み、シューマンの遊び心が満載の作品。キム・ヒョンジュンは20曲のストーリーをあたかも役になりきったように表情を変え、鍛え抜かれたテクニックを存分に披露しながら嬉々としてピアノと対峙した。
 後半はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第2番から始まった。ここでは、「体幹の強いピアニスト」という印象を強く抱いた。スポーツでもよく使われるが、体幹が強いとは、動的・静的に適切な姿勢が維持できることを示す。彼女の場合は、重心がしっかりし、地に足が付いた演奏。ロシア作品の深々とした打鍵、楽器を大きく豊かに鳴らし、存分にうたわせること、レガートを大切にすることなどが確実な形で出来上がっており、プロコフィエフの斬新なリズム、鋭利な表現、個性的な和声などが強い主張とともに伝わってくる。
 最後は、ショパンのピアノ・ソナタ第3番で締めくくり。ここでまた、さらなる体幹の強さを見せつけた。冒頭の印象的な下行音型から強靭なタッチを聴かせる。それは第2楽章の「スケルツォ」まで一瞬たりとも弛緩することなく続き、第3楽章の「ラルゴ」に至り、ようやく甘美で穏やかな空気がみなぎった。しかし、それもほんのひとときのこと、第4楽章の「プレスト」では再びテンポがアップされ、リストの「超絶技巧練習曲」さながらのはげしさをのぞかせ、フィナーレまで一気に突っ走った。
 キム・ヒョンジュンのピアノは、はげしく強く、熱気を帯びている。緊張感をはらみ、集中力を全開させ、聴き手にも同様の集中力を促す演奏である。韓国のピアニスト特有の芯の強さが全編を覆い、多少のことでは動じないメンタルの強さを感じさせる。これが優勝の栄冠に輝いた大きな理由だろう。
 今後はどのようなレパートリーが増えるのだろうか。モーツァルトやロマン派の作品が得意のようだが、ロシア作品をより深めることを希望したい。強靭な打鍵と主題のうたわせ方、ピアノを豊かに鳴らす奏法は、ロシア作品に向いていると思うのだが…。

《この演奏評は仙台国際音楽コンクールニュースレター2017年8月号に掲載されたものです》

 

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