仙台国際音楽コンクール

Column&Review

第3回:クラシックソムリエが案内する Road to 仙台国際音楽コンクール

クラシックを聴くおもしろさはどこにある?(1)
「天才だけどやはり人間」大作曲家のエピソード

クラシックソムリエ 高坂 はる香

◇自筆譜にラブレター、何もかもが手がかり

 

 大作曲家たちが残したすばらしい音楽作品に触れると、その天才性に敬服せずにはいられません。
 後世に大きな影響を与えた彼らについては、研究する人もたくさんいます。自筆譜や創作メモなど音楽に関係するものはもちろん、日記やラブレター、遺産調書や借金の内訳、親しかった人の証言まで!さまざまな情報が検証され、彼らの音楽を読み解く手がかりとされているのです。
 今回はそうして伝えられるエピソードの中から、コンクールの課題曲に登場する作曲家を中心に、偉大な芸術家もやはり私たちと同じ人間なのだと感じられる話をご紹介しましょう。

 

◇コーヒーとワインはやめられない

 

 バロック時代の大作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハ。多くの音楽家から神のようにあがめられる存在であり、コンクールの課題曲としても必須のレパートリーです。ちなみにバッハを“音楽の父”と呼ぶのは日本だけで、これは学校教育の中で定着したものだそう。

 そんなバッハが、仕事の息抜きに楽しんでいたものがありました。
 そのひとつはコーヒー。『コーヒーはやめられない』という通称を持ったカンタータまで作曲しています。
 そしてもうひとつがワイン。バッハの遺品には立派なワイングラスがあり、残された領収書からも、ワインをかなりの量消費していたことがわかるそうです。ある時は、親戚が送ってくれたワインが運搬中にたくさんこぼれてしまったことに対し、「神の尊い贈り物は一滴でもこぼしてはいけなかった」と、かなり悔しそうな言葉を並べた手紙をしたためています。

 

◇引っ越し、生卵、コーヒー豆……

 

 バッハ没後20年のドイツに生まれたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。難聴に苦悩した生涯、肖像画に描かれた睨みつけるようなまなざしのイメージから、気むずかしそうな印象を持つ方も多いでしょう。実際、気むずかしさが高じた“人間らしいエピソード”がたくさんある人物です。
 まず、とにかく引っ越し魔で、ウィーンに暮らした34年間の間に70回以上引っ越しを繰り返したといわれています。もうひとつ頻繁に変えたのは家政婦。好物の卵が新鮮でないと怒り狂って、家政婦に生卵を投げつけることもあったとか。そしてベートーヴェンもまたコーヒーが好きで、毎日きっかり60粒豆を数えてコーヒーを淹れていたと伝えられています。
 当時ウィーン市民の間でベートーヴェンの変人ぶりは有名でしたが、その優れた音楽も同時に知れ渡り、彼は誰もが尊敬する存在でした。

 

◇単なるゴシップ話じゃない、作曲家の恋愛エピソード

 

 大作曲家だってもちろん恋をします。もとい、自由で感情豊かな芸術家だけに、色恋にまつわるエピソードは実にたくさん!
 その関係が豊かな音楽の源となり、また未だ真実が謎に包まれている有名なエピソードとしては、シューマン夫妻とブラームスの関係が挙げられるでしょう。
 シューマンは、師の娘クララと大恋愛の末結婚。その後自身のもとを訪ねた当時20歳のブラームスの才能を絶賛し、世に知らしめました。しかしシューマンはその半年後ライン川で投身自殺をはかり、一命はとりとめたものの、精神病院に収容されます。そんな時クララを傍で支えたのが、若きブラームスでした。
 3人の間には、芸術家としての尊敬、そして深く複雑な愛情が交錯していました。シューマンの同じ作品から主題をとって、クララとブラームスがそれぞれ作曲した変奏曲もあります。クララはその作品をシューマンに、一方のブラームスはそれをクララに献呈しています。
 残された書簡から、ブラームスとクララの仲がかなり親密だったことは明らかですが、どこまでの関係だったのかはわかっていません。シューマン亡き後も二人の交流は続きますが、結ばれることはなく、ブラームスは生涯独身を貫きました。

 

 作曲家の変わり者エピソードや恋物語を、単なるゴシップ話と思うことなかれ! 一つ一つのエピソードから伝わってくる個性や当時の心理状態を知ることは、音楽をより深く理解する助けになることもあるのです。