Sendai International Music Competition

ヴャチェスラフ・グリャズノフさんインタビュー | 仙台国際音楽コンクール公式サイト

インタビュー

第3回仙台国際音楽コンクールピアノ部門第6位
ヴャチェスラフ・グリャズノフさん インタビュー

インタビュアー・文:正木 裕美(音楽ジャーナリスト)

インタビュー日:2014年7月5日

第3回仙台国際音楽コンクールピアノ部門で第6位に入賞したヴャチェスラフ・グリャズノフさん。くらしき作陽大学に講師として来日中の2014年7月に仙台を訪れ、地元で音楽を学ぶ学生に向けたコンサートと公開レッスン、仙台国際音楽コンクールのボランティアを対象とした研修会に出演した。研修会でラフマニノフの「幻想的小品集」ほか、自身の編曲によるラフマニノフの「イタリアン・ポルカ」などを披露したグリャズノフさんは、現在演奏活動を行う傍ら、モスクワ音楽院ほかで教鞭を執っている。演奏家、指導者として多方から音楽へとアプローチする氏に、現在の活動やコンクールについて、話をきいた。

グリャズノフさんといえば、日本では2004年の収録以降繰り返し放映されたNHK・BSのテレビ番組、「ハイビジョンクラシック倶楽部」での演奏をご記憶の方も多いと思います。その後、仙台のコンクールに出場されて7年ほど経ちますが、現在はどのような活動をなさっていますか。

「現在私はモスクワ・フィルハーモニック協会のソリストとして、ロシアや他の国々でのリサイタル、オーケストラとの共演など演奏活動をしています。また、モスクワ音楽院や、日本では、くらしき作陽大学の講師も務めています。ロシアでは最近、チャイコフスキーホールを会場に、4台のピアノを用いたピアノ・クヮルテットによる独創的な企画の演奏会に出演しました。これはロシアの有名なピアニストであるアレクサンドル・ギンジンの主催によるもので、私の友人のアレクセイ・クルバトフさん、ニキータ・ムンドヤンツさん(前回のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール・ファイナリスト)と私が編曲を出し合いました。私が編曲、演奏したのはリムスキー・コルサコフのオペラ『見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語』の組曲です。私は編曲には力を入れていて、現在、ドイツの出版社ショット・ミュージックから私のトランスクリプションが出版されているほか、私の編曲によるチャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』やドビュッシーの『牧神の午後の前奏曲』などを収録したディスクが2枚、新たにロシアでリリースされる予定です。」

演奏家、指導者両方の立場から、コンクール一般をどのように捉えていますか。

「理想としては、コンクールは自分の才能、プロとしての音楽の質を見せるためにあると思っています。そこでマネージャーやプロデュースしてくださる方の目に留まれば、結果として音楽家としての道が拓けるわけですよね。確かに賞金をかせぐためにコンクールに出る若いピアニストたちもいます。もしかしたら彼らはソリストとしてコンサート活動をする機会が少ないからかもしれません。でもコンクールで弾き続けることと、コンサートでソリストとして弾くことは違うものです」

違う、と言うと?

「やはりコンクールはスタンダードな奏法に基づき、短い時間の中で次に進むべき人か否かを審査委員に見せなければいけません。そのため、自分らしさ、本来の姿は理解されないかもしれないですよね。コンサートというのはそういうものではないと思うんです。おそらく聴きに来る人たちはその人のおもしろさというか、音楽への独特な視線や見方などを聴きにくると思うのですね」

ご自身が仙台のコンクールを受けたきっかけは?

「協奏曲の課題が気に入ったためです。このコンクールでは古典、ロマン派などいろいろな協奏曲を弾かなければなりませんが、中でも大規模編成のオーケストラや、クヮルテットと協奏曲を演奏する機会は当時、自分が十分だと思うほど無かったので、これを機にやってみたいと思いました。モスクワ音楽院の学生ですらオーケストラと弾く機会は稀で、先生から声が掛かればチャンスがあるかもしれない、というくらいなんですよ。ですからベートーヴェンの4番の協奏曲は、ファイナルに向けて、コンクール出場の前に自ら機会を作ってオーケストラと練習させてもらいました。また、予選で弾いたモーツァルトのピアノ協奏曲K449も、事前に友人達にクヮルテットを結成してもらい練習したりね。コンクールを受けるなら、こうした努力も必要だと思います。このコンクールに入賞したことで、コンクール後仙台市に招聘され、仙台フィルハーモニー管弦楽団とラフマニノフの3番の協奏曲を弾く機会もありました」

Vyacheslav GRYAZNOV (2)

結果から得られることもあり、またその過程から得られることもあるということですね。

「そうです。どんなコンクールでもそうですが、たくさん予選があるようなコンクールでは、集中力が鍛えられたり――もちろんそれはコンクール中ではなく、受けるまでの過程で養わなければならないものですが――指揮者とのコミュニケーションを通じて音楽の捉え方が変わったりと、プラスになることがたくさんあります」

仙台のコンクール・ボランティアの方とも、いまだに交流があると伺いました。

「仙台では出場者とも交流がありましたし、いまでもホストファミリーの方とはまだ交流が続いています。このコンクールでは次の審査に進めなかった人たちが希望すれば、ホームステイできるシステムになっていますが、ファイナルまで進んだ人は最後までホテル暮らしをすることになります。にもかかわらず、ホストファミリーの方は毎回ラウンド毎の結果発表に来て、応援してくれました。彼らボランティアの方々のサポートはとても素晴らしいものでした」

Vyacheslav GRYAZNOV (3)

コンクールが繋いだ縁から多くの人との交流が続き、度々仙台を訪れるグリャズノフ氏。取材後に「ぜひ仙台でまた演奏したい」と話してくれたように、今後も演奏や指導でロシアン・ピアニズムの風を吹き込んでくれるだろう。

公式サイト(英語/ロシア語): www.gryaznoff.com

インタビュー一覧