仙台国際音楽コンクール

Column&Review

第6回仙台国際音楽コンクール優勝記念演奏会
チャン・ユジン ヴァイオリンリサイタル【東京公演】 演奏評①

片桐 卓也(音楽ライター)

 ヴァイオリンで「歌う」ことは、実は難しいと思う。ヴァイオリンはオーケストラでも主要なメロディを奏でることが多く、それゆえ「歌う楽器」とも呼ばれるが、それをどうやって歌わせるか、についてはたくさんのハードルがあるのだ。そのハードルをやすやすと超えてしまうヴァイオリニスト、チャン・ユジンの演奏を東京公演で聴いた時にまず思ったのは、そのことだった。
 6月23日浜離宮朝日ホール(東京)で行われたチャン・ユジンの優勝記念演奏会は、まずメンデルスゾーンの「ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調」(ヘ短調ではない)から始まった。そのソナタの第一音から、ユジンの歌心が伝わって来る。素晴らしい音色によって、次々と繰り出されるメロディ。メンデルスゾーンの音楽の憂鬱は、少し軽く、叙情的ですらあるのだが、ユジンの作り出す音楽のテンションも、またその作品にぴったりのものだった。
 実は、私は昨年のコンクールを生で聴いていない。それが今さら残念に思えた。聴けば、生で聴く彼女のシューマンのヴァイオリン協奏曲も素晴らしかったらしい。しかし、今ここで彼女のたくさんのソナタ、小品の演奏を聴くことが出来て、本当に良かったと私は思った。
 彼女の選んだプログラムは、そのメンデルスゾーンに始まり、グリーグの「ヴァイオリン・ソナタ 第2番」、ストラヴィンスキーの「ディヴェルティメント」、シベリウスの「6つの小品」から3曲、そしてサン=サーンスの有名な「序奏とロンド・カプリッチオーソ」である。ロマン派から近代へと至るプログラムと言えるが、なかなかに凝った選曲だと思う。いわゆる有名曲はサン=サーンスぐらい。あまり演奏されないメンデルスゾーンとグリーグのソナタを中心に据えたが、作風が彼女にぴったりで、とても良い選択だった。日本人のヴァイオリニストで、こうした選曲をする人はほとんど居ないだろうとも思う。知られていない曲だからこそ、難しいということもあるのだ。
 メンデルスゾーンの歌心たっぷりの演奏の後に、力強いグリーグ、そして知的なストラヴィンスキーが続く。自信に溢れていると同時に、ユジンの心の中から自然に沸き上がって来る音楽の勢い、それが弓と弦に伝わって、様々な色彩を持つ音に変化する。単なる「美音」というだけでない、心を持った「美音」。それがユジンの特徴なのではないだろうか?
 ピアノの伴奏は小澤佳永(おざわかえ)。聴けば、小澤は第4回宗次エンジェルヴァイオリンコンクール(2013年)の公式伴奏者で、ユジンが優勝した時からの旧知の間柄。それゆえ、ふたりの息はとてもぴったりと合っていた。ふと、ホロデンコを最初に伴奏者として聴いた時のことを思い出した。小澤も帰国子女で、ふたりは英語でコミュニケーションを取っていたようだが、現在アメリカ留学中のユジンの中には、いわゆるインターナショナルな要素と韓国的な要素が同居しているように思えた。韓国的と言うのは、多数のオペラ歌手を輩出している現在の韓国、そのベースとなっている歌への志向のようなもの、と考えて頂きたい。それらがバランスよく配合され、作品を通して、こちらに伝わって来る。彼女の熱い想い、そして、高度なテクニックをひけらかすことなく、音の中にさらりと表現して見せる。その自然な巧みさに、私は時々、クスッと笑ってしまった、「あまりにも上手過ぎる」という意味で。
 これから彼女はどうなって行くのだろうか?もちろん、ソロイストとしてのキャリアを作り上げて行くだろうけれども、室内楽奏者としても優秀らしいので、ソロと同時にアンサンブルのほうも捨てずに、追求していって欲しいものだ。
 彼女の演奏は誰にでもその良さが理解できるものだと思う。音の美しさ、テクニックの確かさ、音楽的な解釈の深み、そうした当然持つべき要素をちゃんと含みながら、彼女らしい個性的な表現が出来る。そういう人はなかなかいないものだ。スケールの大きな演奏家に育って欲しいと願う。

《この演奏評は仙台国際音楽コンクールニュースレター2017年7月号に掲載されたものです》

 

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