Sendai International Music Competition

ルゥォ・ジャチン(第8回ピアノ部⾨優勝)ピアノリサイタル【東京公演】演奏評 | 仙台国際音楽コンクール公式サイト

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ルゥォ・ジャチン(第8回ピアノ部⾨優勝)
ピアノリサイタル【東京公演】演奏評

ルゥォ・ジャチン ピアノリサイタル【東京公演】
日時/2023年5月24日(水)19:00開演
会場/浜離宮朝日ホール
演奏曲目/
シューマン:ピアノ・ソナタ 第1番 嬰ヘ短調 op.11
スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第7番 op.64「白ミサ」
スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第9番 op.68「黒ミサ」
フォーレ:ヴァルス・カプリス 第1番 イ長調 op.30
      舟歌 第1番 イ短調 op.26
      即興曲 第2番 ヘ短調 op.31
      ノクターン 第6番 変ニ長調 op.63
      ノクターン 第8番 変ニ長調 op.84-8
シュルツ=エヴラー:ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」によるアラベスク

音楽評論家:寺西 基之

 昨年開催された第8回仙台国際音楽コンクールは、様々な国から優秀な人材が多数参加し、会場も賑わいを見せて、コロナで停滞していた音楽界に力を与えるような盛り上がりをみせた。内容的にもきわめて充実しており、筆者が聴いた3日間にわたるピアノ部門ファイナルは高レベルでの競演で、野平一郎審査委員長が表彰式でいみじくも述べていたように「若手ピアニストのミニフェスティバル」の観があった。

 そのファイナルで屈指の難曲であるプロコフィエフの協奏曲第2番を鮮烈かつ華麗に弾いて見事栄冠に輝いたのが中国のルゥォ・ジャチンである。ブラームスの協奏曲第1番で成熟した名演を聴かせたドイツのヨナス・アウミラーとの接戦を制しての優勝で、全く違うタイプの2人のコンテスタントのうち、技巧派のヴィルトゥオーゾ・タイプのほうが選ばれたという印象があった。しかし野平委員長が囲み取材で語ったところによれば、ルゥォは予選からファイナルまで技術と音楽性の全てにおいてパーフェクトで、技巧だけを評価したわけでないとのこと。ファイナルしか聴いていなかった筆者にとって、今回約1年ぶりに行われた優勝記念リサイタルは、その意味で彼の実力を確かめる絶好の機会となり、改めて彼が技巧だけでなく秀逸な音楽性を持った逸材であることを認識させられることとなった。

 勿論ルゥォが研ぎ澄まされた技巧の持ち主であることは間違いない。指の敏捷さ、強靭な打鍵、芯のある音。まさにヴィルトゥオーゾの美質を持った俊英だ。しかしそうした特質が名技の誇示に向かうことなく、あくまで作品の濃やかな表現、音色や響きの多様なパレットを最大限引き出すために巧妙に使いこなされている。今回のリサイタルでそのことが特にはっきり現れていたのがスクリャービンのソナタ第7番「白ミサ」と第9番「黒ミサ」だった。「白ミサ」は激しい情念的な動きから憧憬のような柔らかい官能性まで、響きが実に多様で変幻自在。「黒ミサ」では第1主題の神秘的な雰囲気と第2主題の不思議な静謐さの性格付け、妖しげな響きの重なりがやがて渦を巻くように強烈さを加えていく展開の仕方などが見事だった。

 スクリャービンに先立ってプログラム冒頭にはシューマンのソナタ第1番が置かれていたが、この曲をルゥォはコンクール予選でも弾いており、お気に入りの作品なのだろう。いわゆるロマンティックなシューマンではない。楽章間の間(ま)をほとんどとらなかったことに現れていたように、全体を一つの勢いのある前進的な流れで運ぶことで全曲を緊密に纏め上げ、それによって緩みのない緊迫したドラマを生み出していく。特に第3,4楽章は一気呵成に進めた感があったが、その中で微妙なアゴーギクやダイナミクスの変化もよく考えられていた。勢いはあっても決して情熱に任せた演奏ではなく、細部の表情まで考慮した上での造型である点に非凡さが窺える。

 休憩後のフォーレの5曲の小品も実によく彫琢されていた。フランス風のエスプリやサロン風の洒脱さではなく、コンサート向けの本格的なロマン的楽曲としての側面を前面に出した演奏といえようか。とかく軽妙に弾かれがちの「ヴァルス・カプリス第1番」や「即興曲第2番」も力強い起伏をもって表現され、「舟歌第1番」では舟歌リズムのたゆたいよりも旋律をくっきり浮かび上がらせることに主眼を置く。「ノクターン第6番」の高音域の旋律の歌わせ方、「ノクターン第8番」におけるアルペッジョの溶け合わせ方など、響きを綿密に作り上げ、情感豊かでありながらそれに溺れず、曲全体を明晰に俯瞰しながら、自分なりのフォーレ像を描き出そうとする姿勢に迷いがない。

 プログラム最後は十八番のシュルツ=エヴラーの「『美しく青きドナウ』によるアラベスク」で、ここではヴィルトゥオーゾとしてのルゥォのエンターテイナー的な面が全開に。アンコールのショパンのマズルカ、モシュコフスキの「スペイン奇想曲」、シューベルトの「楽興の時第3番」もそれぞれの作品の性格付けにルゥオの表現力の多面性が示されていた。

 全体通して練り上げた表現でもって自分の音楽をしっかりと打ち出すピアニストで、なるほど第1位の栄冠も頷ける。これからどう成長していくか楽しみである。

《このレビューは仙台国際音楽コンクールニュースレター2023年6月号に掲載されました》

 

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