インタビュー
ムン・ボハさんインタビュー
(第9回ヴァイオリン部門最高位)
音楽評論家:萩谷 由喜子
インタビュー日:2025年6月8日

―最高位の受賞、おめでとうございます。心境はいかがですか?
ありがとうございます。素晴らしいサポートをしてくださった仙台フィルと広上淳一マエストロ、聴衆の皆様、ボランティアの皆様に感謝いたします。おかげで、魔法のような2週間を過ごすことができました。先生方、友人、家族にも感謝しています。母は仙台までついてきて支えてくれました。
―仙台国際音楽コンクールに参加しようと思われた理由をお教えください。
このコンクールのことは前から知っていましたが、昨年(2024年)秋から本気で検討を始め、詳しく調べてみました。すると、一般のコンクールではファイナルでしか協奏曲を弾く機会がないのに、仙台国際音楽コンクールでは、予選からオーケストラと共演できることを知りました。しかも、課題曲に大好きなモーツァルトの協奏曲が入っていたので、参加したいと思ったのです。
―では実際にコンクールに向けて、どのような練習をされてきましたか?
音程を正確に取れるようにすることと、強弱の付け方に注意を払うこと、それから作曲家の意図を汲み取りながら、自分のイマジネーションも大切にして曲に盛り込めるようにすることなど、すべての細部に意識を向けて練習してきました。特に、音程を正しく取れるようにするための練習は、どれだけやっても充分ではないと感じています。
―ところで、ヴァイオリンを始められたきっかけは何だったのですか?
幼い頃の私は、とにかく本を読むことが好きなこどもでした。家の近くに本屋さんがあって、毎日、母に連れられてその本屋さんへ行っていたのですが、本屋さんのスタッフの方が、母にこんなことを言ってくれたのです。うちの娘はヴァイオリンをお稽古していたのだけれど、もうやめてしまったので、娘が使っていたサイズの小さいヴァイオリンがあります。お宅のお嬢ちゃん、そのヴァイオリンでお稽古を始めてみる気はない?と。それが私とヴァイオリンとの出会いでした。始めてみたら、もうすっかり虜になって、今日までずっと続けています。
—それが韓国にいらしたときのことですね。そのあと、プラハでも勉強されたそうですね。
はい、父の仕事の関係でプラハに移り、ヴァイオリンの先生を探しました。そうしたら、ヨゼフ・シュパチェク先生という、チェコ・フィルのコンサートマスターになられた若い先生のことを知り、直接連絡してレッスンを引き受けていただいたのです。私が最初の、そして唯一の弟子なのではないでしょうか。
―ザルツブルクでも勉強されたとか。
プラハ時代、シュパチェク先生のレッスンも受けていましたが、それとは別に月に一度か二度くらい、母が車を運転してプラハからザルツブルクまで連れて行ってくれて、ピエール・アモイヤル先生にみていただきました。
―それで現在は、カーティス音楽院でアイダ・カヴァフィアン先生についておられるわけですね。
はい、カーティス音楽院で勉強するのが夢でした。カヴァフィアン先生は本当に良く私のことを理解してくださり、的確なアドバイスをしてくださいます。今回、最高位をいただけたのは、シュパチェク先生、アモイヤル先生、カヴァフィアン先生他多くの先生方のおかげです。
―セミファイナルではドヴォルザーク、ファイナルではブルッフの『スコットランド幻想曲』を選択されました。選んだ理由をお話しください。
ドヴォルザークはプラハにいたときに習った思い出の曲です。プラハの街並みを思い浮かべながら弾きました。ブルッフはメロディが甘美で情熱にも満ちていて、大好きな曲です。アモイヤル先生の先生にあたるヤッシャ・ハイフェッツの得意とする曲だったことも、この曲に惹かれた理由の一つです。
―将来の夢は?
ソリストです。ソリストとして、愛する音楽を世界中の美しいステージで演奏するのが夢です。私の演奏を通して、多くの人に喜びを届けることが出来たら嬉しいと思っています。

