コラム&レビュー
チャン・ユジン ヴァイオリンリサイタル プログラムノート
音楽評論家:山田 治生
第6回仙台国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門優勝者のチャン・ユジンは、9歳から19歳まで韓国で最も著名なヴァイオリン教育者キム・ナムユンに学び、2010年からはボストンのニューイングランド音楽院でミリアム・フリードに師事している。現在、同音楽院の博士課程で音楽学を学ぶ彼女は、隠れた名曲の発掘にも取り組み、今回のリサイタルでは、「演奏される機会は少ないが、ロマンティックで聴きやすい作品を選びました」という。初めてこれらの作品を聴く人にとって楽しめると同時に、メンデルスゾーンではヘ短調ではなくヘ長調(1838年)のソナタを、グリーグでは第3番ではなく第2番のソナタを、ストラヴィンスキーでは「イタリア組曲」ではなく「ディヴェルティメント」を選択し、ヴァイオリン音楽通にとってもたいへん興味深い、凝ったプログラムになっている。
メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 (1838年)
フェリクス・メンデルスゾーン(1809~1847)には、3曲のヴァイオリン・ソナタが遺されている。最初のヴァイオリン・ソナタは1820年、メンデルスゾーンがまだ11歳のときに作曲された。作品番号4が付けられたヘ短調のソナタは、1823年に書かれ、1825年に出版された。本日演奏される1838年に作曲されたヘ長調のソナタは、作曲者の生前には出版されず、1953年にユーディ・メニューインがベルリンの図書館で発見して、メニューインの校訂によって漸く出版された。
第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ。最初にピアノが歌曲のような魅力的な第1主題を提示し、ヴァイオリンもその主題を繰り返す。
第2楽章:アダージョ。まずピアノが旋律を奏で、ヴァイオリンが続く。しみじみとした情感を湛えた緩徐楽章。メンデルスゾーンらしい歌が聴ける。
第3楽章:アッサイ・ヴィヴァーチェ。ヴァイオリンが無窮動風の速いパッセージを弾き始め、ピアノも追いかける。
グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ト長調 op.13
ノルウェーを代表する作曲家エドヴァルド・グリーグ(1843~1907)は、早くから才能を見出され、ドイツのライプツィヒ音楽院で学んだ。20歳で帰国した彼は、歌手のニーナと出会い、1867年に結婚する。グリーグは、3曲のヴァイオリン・ソナタを書いたが、この第2番は、ニーナとの結婚の直後に作曲された。
第1楽章:レント・ドロローソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ。「悲しげなレント(レント・ドロローソ)」の序奏のあと、快活なアレグロ・ヴィヴァーチェの主部となる。3連符と付点のリズムが組み合わさったリズミックな第1主題と哀愁を帯びた第2主題のコントラスト。
第2楽章:アレグレット・トランクィッロ。ヴァイオリンがたっぷりと歌い込む抒情的な楽章。
第3楽章:アレグロ・アニマート。民族舞曲のステップや北欧的な澄んだ旋律が現れる起伏に富んだフィナーレ。
ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント
イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)の「ディヴェルティメント」のオリジナルは、彼自身が作曲したバレエ音楽「妖精のくちづけ」(1928)。ストラヴィンスキーは、それをもとにオーケストラ用の組曲「ディヴェルティメント」(1934)を作り、その後、ヴァイオリニストのサミュエル・ドゥシュキンとともにヴァイオリンとピアノの二重奏用に編み直した。「妖精のくちづけ」は、チャイコフスキーの音楽を素材に、アンデルセンの童話に基づいて作られたバレエ音楽である。同じロシア出身のチャイコフスキーへのリスペクトが表れた作品といえるだろう。
第1曲:シンフォニア。悲哀を帯びたチャイコフスキーらしい旋律が歌われる。
第2曲:スイスの踊り。軽快なステップを踏む、ユーモラスな音楽。
第3曲:スケルツォ。トリルを含む少し不気味なスケルツォと素朴な中間部。
第4曲:パ・ドゥ・ドゥ。「パ・ドゥ・ドゥ」は男女二人で踊られる。ゆったりとしたアダージョ、テンポをあげたヴァリアシオン、快速のコーダからなる。
シベリウス:6つの小品 op.79 から 第1曲 思い出、第5曲 牧歌的舞曲、第6曲 子守歌
ジャン・シベリウス(1865~1957)はフィンランドの国民的な作曲家。若い頃にヴァイオリニストを目指していた彼にとって、ヴァイオリンは特別な楽器であった。彼は、1905年にヴァイオリン協奏曲を完成させた後も、ヴァイオリンのための作品を書き続けた。交響曲第5番の創作に取り組んでいた50歳前後の頃にも数多くのヴァイオリンのための小品を書いた。この「6つの小品 op.79」は、1915年から18年にかけて書いたヴァイオリンとピアノのための小品をまとめたものである。
本日は、そのなかから、ノスタルジックな雰囲気の第1曲「思い出」、美しい風景画を思わせる第5曲「牧歌的舞曲」、ゆったりと眠りの世界の導かれるような第6曲「子守歌」が演奏される。
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリッチオーソ op.28
近代フランス音楽の基礎を築いたカミーユ・サン=サーンス(1835~1921)の最も親しまれている作品の一つである「序奏とロンド・カプリッチオーソ」は、彼のヴァイオリン協奏曲第1番や第3番と同様に、スペイン出身でパリで活躍した大ヴァイオリニスト、パブロ・デ・サラサーテのために書かれた。作曲は1863年。
「マリンコニコ」(メランコリックな、憂鬱な)と記されたアンダンテの「序奏」では、ヴァイオリンがため息のようなフレーズを奏でる。その後、「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」の主部に入り、リズミックなロンド主題が提示される。そして、「ロンド・カプリッチオーソ(気まぐれなロンド)」のタイトルの通り、自由なロンドが展開されていく。
チャン・ユジン ヴァイオリンリサイタル