Sendai International Music Competition

第8回コンクール評② | 仙台国際音楽コンクール公式サイト

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第8回コンクール評②

音楽評論家:真嶋 雄大

 第8回仙台国際音楽コンクールは、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の蔓延により開催が危ぶまれたが、予定通り無事開幕、しかしながらその直前の5月9日、コンクール第1回から前回までピアノ部門の審査委員長であり、今回運営委員長の任にあった野島稔が急逝、急遽植田克己副委員長が委員長代理を務めたが、あらためてご冥福を祈りたい。

 さて第8回のヴァイオリン部門は、5月21日から3日間、11の国と地域からのコンテスタントたち37名によって予選が行われ、同27日から3日間実施されたセミファイナルに勝ち上がったのは12名。その中から6名がファイナルに残った。そのファイナルは6月2日から4日までの3日間で、協奏曲を2曲ずつ演奏するのがこのコンクール独特の課題。選曲はモーツァルトの5曲と、古典派から近現代までの指定された協奏曲。演奏を判断する上で、実に理にかなっている提示であるが、コンチェルトの経験が乏しいコンテスタントにとっては困難を伴うこともあるだろう。共演はすべて広上淳一指揮仙台フィル。

 世界の国際コンクールに比してもコンテスタントたちのクオリティが著しく高い仙台国際であるが、今回第1位に輝いたのは桐朋女子高の中野りな。コンクール史上最年少17歳での快挙で、2004年松山冴花以来の日本人優勝者である。演奏したモーツァルトK219では研ぎ澄まされた高音の美しさと中域の生命力に満ちた音色が印象的であり、オーソドックスな対峙ながら常に瑞々しい清冽さを湛え、煌びやかで流麗な色彩は精妙に、そして音色は余韻嫋々(よいんじょうじょう)と移ろっていく上に、グラツィオーソ、カンタービレ、リソルートという要素が1小節の中に込められたモーツァルトの特有な構成や和声の描き別けも見事。またバルトーク第2番では、大きなスケール感とともに、確実な運指から生まれる安定感に満ちた音程、自在なボウイング、そして闊達なフレージングが織り上げるバルトークらしいニュアンスはもちろん、何より自らがオケを引っ張っていくような主導的スタンスで弾き切ったのには驚かされた。今後の活動を大いに期待したい。

 第2位はデニス・ガサノフとマー・ティェンヨウの2人。ロシア出身、ガサノフのモーツァルトはK218で、優美かつ繊細な音色を駆使、デリケートな柔軟さで安定した力を見せつけた。もう1曲はショスタコーヴィチ第1番。やや平板な場面もありはしたが、いかにもモダニズムを標榜するアプローチで、硬質な音色も心地良い。また作品をよく研究しており、深部まで共感を巡らせ、ふくよかな色彩を纏(まと)わせながらの抒情表現はポテンシャルの高さを示した。中国出身ティェンヨウのモーツァルトはK218。モーツァルトにしては挑戦的というか、かなりエキセントリックな表現だ。音質も鋭利きわまりなく、柔和な抒情性とは距離を置いている。もう1曲のシベリウスについても感情を直接ぶつけるように濃厚な演奏に終始した。粗削りであるイメージを受けたのは、時折音程には不安な箇所があり、フレージングが円滑でなかったからでもあるが、一方で中低音にはそれなりの存在感があり、前へ進む駆動力は高く評価できる。

 第3位は空席となり、第4位には韓国から来たホン・ソンランが入った。彼女のモーツァルトはK219。実に嫋(たお)やかなモーツァルトで、この作品がもつスタイルをよく把握しているのが伝わってくる。オケとのコミュニケーションやバランスも的確であるし、自然な流れや清冽な響きも特徴的。プロコフィエフ第2番についても秀逸だ。彼女自身の美学が伝わってくるような演奏であり、芳醇な詩情やグラデーションのように変化する音色、テクスチャーへの念入りな配慮も鮮やかであった。

 第5位は東京藝大の橘和美優、モーツァルトはK219。モーツァルトの様式観に根差した豊潤な香りと、丹念に弾き進めていく展開は微に入り細を穿つ。サン=サーンス第3番も手の内に入っている感触があり、オケとのアンサンブルを楽しんでいるようだ。密度の濃い音色と溌剌たる躍動、洒脱なニュアンスに富んだ情感を横溢(おういつ)させ、伝統的様式観の中でオケと互いに歩み寄り、高揚感のある感興を織り上げた。

 第6位は東京藝大院に学ぶ中村友希乃でモーツァルトはK219。折り目正しく、真正面からモーツァルトに向き合っていたものの、時折主情的な表現になってしまったのは今後の課題であろう。もう1曲はブラームスのニ長調協奏曲。やや準備不足の感は否めず、止まってしまった場面があったのは残念であるが、最後まで弾き切ったのは見事である。普段の力量がそのまま発揮できないのもコンクールの側面と言えるが、次回の出会いに期待したい。

 いずれにせよ、入賞者のみならず、参加コンテスタントたち全員の成長と、肌理(きめ)細やかなホスピタリティと堅実な運営が強く印象に残った仙台国際音楽コンクールの今後の発展に刮目(かつもく)したい。

 

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