コラム&レビュー
第8回コンクール評④
音楽評論家:寺西 基之
今回のピアノ部門ファイナルはきわめて高いレベルでの激戦で、ファイナリスト6人それぞれが個性を十二分に発揮した充実した内容だった。野平一郎審査委員長は表彰式での講評で「若手ピアニストのミニフェスティバルのよう」と述べられていたが、筆者も聴きながらコンクールであることを忘れ、3日間にわたる協奏曲の宴を楽しんだ思いであった。各国からこれだけの優秀な人材が集まったことは、このコンクールが国際的な登竜門として高く評価されていることの証左であろう。
1位に輝いたルゥォ・ジャチン(中国)はプロコフィエフの協奏曲第2番が見事だった。第1楽章など構えの大きい堂々たる演奏でカデンツァも鮮やかだったし、第2楽章の波打つような無窮動、第3楽章の重々しさ、終楽章の曲想の変化など、いずれも難曲中の難曲として知られるこの作品をこれだけ完璧に、しかもスリリングに弾き切ったことが高得点に繋がったと思われる。それに対しモーツァルトのハ長調K503は端正で明快な演奏だったが、もう少し躍動感が加わればさらによかったであろう。
ヨナス・アウミラー(ドイツ)は結果こそ2位だったものの、彼の弾くブラームスの第1番はファイナル全体の白眉だった。構成力、ロマン的な情熱と叙情の表出力に傑出したものがあり、第2楽章冒頭をはじめ、随所での弱音の生かし方も秀逸。ベートーヴェンの第3番も表情豊かで、両端楽章のダイナミズムや第2楽章の内省的表現など、よく考慮されていた。第2楽章中間部のアルペッジョでは弱音に徹して管楽器の旋律を浮かび上がらせるなど、この曲でも弱音を効果的に用いていたが、野平委員長が囲み取材の際に示唆したところによれば、審査委員の中にはそうしたダイナミクスを極端すぎると捉えた人もいたようだ。筆者はむしろそこに彼の美質があると感じたのだが…。
3位の太田糸音(日本)はプロコフィエフの第3番の鮮烈な演奏で聴衆を魅了した。第1楽章はリズムが息づき、力感も充分。第2楽章はリリシズムが生き、第3楽章もエキサイティングな盛り上がりを見せつつも造型が崩れない。緩みない運びのうちにも表情の変化に富む圧倒的な名演だった。それに比べると、モーツァルトのハ短調K491は端正で綺麗ながらもやや守りに入ってしまった感があったことは否めない。第1楽章でカデンツァ部分(横山幸雄作)にクライマックスを持ってきたような印象を与えてしまったのも問題だろう。
4位のジョンファン・キム(ドイツ)はベートーヴェンの第3番で爽やかな演奏を聴かせた。両端楽章は自然な流れのうちにも細部の表現がよく考えられており、第2楽章は遅いテンポでロマン的に歌う。そうした美質はラフマニノフの第3番にもよく現れていて、細部までしっかり弾きこんでいた。ただラフマニノフではオケに拮抗する強靭さや重厚さがさらに求められよう。敢えてこの難曲の大作で勝負した意欲は買いたいが…。
5位のキム・ソンヒョン(韓国)はモーツァルトのニ短調K466がとてもよかった。一音一音を大切にしつつも淀みない流れを作り出すその演奏からは作品に対する深い共感が窺われ、両端楽章の劇的な表現や、第2楽章でのカンタービレと中間部の激しさの対比もごく自然。ベートーヴェンの「皇帝」は推進力があったが、やや気負ったところが感じられ、ミスも散見されたのが惜しい。センスの良さには光るものがあり、将来がとても楽しみだ。
将来性への期待は、切れ味ある技巧で作品に斬りこんだジョージ・ハリオノ(イギリス)の鮮やかなチャイコフスキーの第1番にも感じた。音は硬質ながらもクリアで、第2楽章での爽やかな叙情も印象的。ベートーヴェンの第3番でも、両端楽章のきびきびした小気味よさ、第2楽章の落ち着いた表現に彼の美質がよく示されていた。筆者はもっと上位を予想していたので6位は意外だったが、音色に多様性が加わると魅力がもっと増すだろう。
このように全体が高レベルであったが、今日の世界の演奏界の潮流を思うと、例えばモーツァルトやベートーヴェンでは、これまでの伝統とは違う最近のHIP(Historically Informed Performance)の流れを取り入れた演奏を聴かせる人がいてほしかった。たしかにコンクールという場はどうしても保守的で、演奏者も冒険を避けがちかもしれないが、だからこそこの仙台コンクールが近年の潮流を受け入れるような、時代の先端を行くコンクールになってほしいとも思う。全く個人的な意見だが、より多角的な視点からの審査が可能となるよう、審査委員にHIPなどの今日の流れに通じた人を加えてみてはどうだろう。
コンクールは奏者だけでなく、楽器メーカーにとっても競争の場となるが、今回はカワイ楽器のShigeru Kawaiの圧勝で、実際その明るい豊かな音が映えたことは特筆されよう。
最後に指揮者の高関健と仙台フィルの見事なサポートぶりに大きな拍手を贈りたい。ピアニストにぴったり付けていく高関の指揮は実に鮮やかだった。