Sendai International Music Competition

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インタビュー

第7回仙台国際音楽コンクール ヴァイオリン部門
最高位入賞者(第2位) シャノン・リーさんインタビュー

音楽ライター:片桐 卓也

シャノン・リー

ヴァイオリンを始めたきっかけは?

 父親は香港出身で、母親はカナダのモントリオール出身です。ふたりはモントリオールで出会い、私はトロントで生まれました。そして父の仕事の関係で、2歳でテキサスに移りました。母は音楽好きだったので、私に何か楽器を学ばせたいと考え、まず私はピアノを習い始めました。しかし、私の手が小さかったので、ピアノの先生が近所のヴァイオリンの教室を薦めてくれました。目から鱗のような感じでヴァイオリンに目覚め、通うようになりました。そこがスズキ・メソッドの教室でしたが、さらに大きなスズキ・メソッドの学校に移り、合奏やサマー・キャンプなどに参加しました。他のヴァイオリンを学ぶ子たちと刺激し合い、よりヴァイオリンに集中するようになりました。

コロンビア大学に進まれ、コンピュータ・サイエンスを学ばれたそうですね。

 両親はふたりともエンジニアだったので、コンピュータ・サイエンスはとても馴染み深いものでした。それでコロンビア大学でそれを専攻することにしたのですが、4年生になった頃からもっと音楽に集中したいと考えるようになりました。

今年はたくさんのコンクールがあった訳ですが、その中から仙台のコンクールを選んだ理由は?

 昨年の9月ぐらいから多くのコンクールを受けようと考えていました。そしてまずインディアナポリスのコンクールを受けました。コンクールには年齢制限もあるので、とにかくチャンスを活かしたいと思いました。今年はエリーザベト王妃、モントリオール、マイケル・ヒル(ニュージーランド)、そして仙台のコンクールが可能性としてありましたが、エリーザベト王妃で第4位に入ったことで、その後に仙台に参加するのがパーフェクトなタイミングでした。また先生が「仙台の課題曲はとても素晴らしい。コンサートマスターの課題もあるし、ソロの課題曲もたくさんある」と薦めてくれましたし、私にとっても好きな課題曲が多かったのが理由です。

ファイナルでチャイコフスキーを選択されました。エリーザベト王妃と同じ作品を選んだ理由は?

 エリーザベト王妃国際音楽コンクールはファイナルの前の1週間、外界と隔離されて、インターネットにも接続出来ないような状況の中で練習します。チャイコフスキーの協奏曲は15歳ぐらいから弾いていなかったので、その1週間で集中して練習しました。そして本選の舞台では、久しぶりにたくさんの人と出会えたというワクワク感がありました。エリーザベト王妃の時に、審査員の方々からも様々な言葉をいただいたので、それも参考にしながら、仙台では演奏しようと考えました。第2楽章はよりシンプルに、そしてオーケストラとのアンサンブルをもっと意識しようと考えて演奏しました。

セミファイナルで演奏されたバルトークの協奏曲第2番は審査委員からも高く評価されていました。

 最初に取り組んだのは17歳の時だったと思います。テキサス州のダラス交響楽団のメンバーでもあったジャン・スローマン先生が薦めてくれました。そして、アイザック・スターンがバーンスタイン指揮のニューヨーク・フィルと共演した録音をよく聴いていました。オーケストラとのやり取りが興味深く、ハンガリーの民俗音楽や言語からの影響もたくさん感じさせてくれ、とてもワクワクする作品だと思います。

コンサートマスターの課題はいかがでしたか。

 コンサートマスターの課題としてはとても有名なもので、多くのオーケストラにエキスパートが居るので、それらを聴くという形で準備をしました。作品のコンセプトを知ろうと思い聴いていましたが、特にボストン交響楽団のコンサートマスターの演奏に多くのヒントを得たと思います。

6月30日が誕生日だそうですね。

 ガラコンサートのリハーサルをしていた時に、突然ハープがニ長調で「ハッピー・バースデイ」を演奏し始めて、バルトークに集中しようと思っていたのでびっくりしました。でも、このコンクールの結果はとても素敵なバースデイ・プレゼントとなりました。

コンクール期間中に考えていたことは?

 日本に来るのが初めてだったので、日本の文化について深く知りたいと思っていました。滞在中に特に興味を持ったのは日本の券売機(チケット・マシーン)です。アメリカには無いもので、とても便利だと思いました(笑)。練習は夕方までなので、多くのコンテスタントと話す時間を持つことが出来たのも、仙台での貴重な体験でした。

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